岡山の里山から有機野菜・有機米を産地直送。人参ジュースなどの無添加の加工品の製造・販売。収穫体験、手作り水飴キットなど、家族が幸せになれる食品を、自信をもってお届け致します。
里山農場 岡山 無農薬野菜・無農薬米を農家直売

農場概要

里山農場の循環農業

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人々が、手を加える事により
人々に、集落に、国土に、恵みを与えてくれる
それが里山

物質の循環
里山の落葉を集め、堆肥にし、野菜を栽培
雑木は原木しいたけのほだ木、薪ストーブの薪に
暖かさを与えてくれたあとに残る灰は
野菜に甘みとうまみを醸し出す肥料として
降りそそぐ太陽と、天水が
多種多様な野菜、お米、原木しいたけなどを育ててくれる

命の循環
里山に住み続ける微生物たちが
落葉を堆肥にし
田畑を豊かにし
生命力のある農産物を育み
そして、それを食す人間たちに命を与えてくれる

経済の循環
夢と理想を追い求める里山農場に
共鳴してくださる方々に
喜びと感動を与えられる
農産物、加工品、サービスを提供し
社会の歯車となりたい

心の循環
生産者と消費者、若者とお年寄り、日本人と外国人
そんな隔たりを持たず
里山の恵みを感じ
喜べる仲間が集い
そんな仲間たちが
醸しだす力でワクワクできる

里山が生み出すこの
物質、命、経済、心、の循環を
皆さんに感じてもらうこと
広めていくこと
それが、里山農場のめざす熱き思い

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里山農場と有機JAS

10092101.jpg 里山農場は、現在有機JAS法を取得していません。

ですから 里山農場の農産物は有機農産物ではありません。
そのことをご理解ください。
 
有機JAS法は、とてもよくできた法律です。
正直な生産者と消費者をつなげるとても有効な法律です。
けれど里山農場と皆様をつなげてくれる、
もっと素晴らしい方法があるような気がするから。
農薬や化学肥料を使用していないことを証明するよりも、
もっとお伝えしたいメッセージがあるから。
農業は楽しいものだから。
農産物は疑うものではなく、感謝して食べるものだから。
 
ただし里山農場では、就農した2001年から、
農薬と化学肥料を、全面積、全作物で使用していません。
みなさまとの約束です。
 
そして化学物質に過敏な私たちには、やはり辛いものだから、
けれども、現在の日本には必要な資材であるのも事実です。
その資材に頼らず、農場が運営できていることに、ただ感謝します。

農場見学のご案内

里山農場に御来場の皆様へ

直売所は、ございません。またご連絡無しで来ていただいても、畑に出ていることが多いので、対応できませんので、必ず事前にメールにてご連絡の上、ご来場下さい。

農場見学は、現在お野菜等をご注文頂いている方、スタッフ希望の方に限定して対応させていただいております。

皆さんに来ていただいて、是非農場を見学していただきたいのですが、
ご了承下さい。

メールにて、ご希望の日時をお知らせ下さい。
≫  お問い合わせフォーム

アクセス


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お車でお越しの場合
 岡山ICから車で25分。
 国道53号線を津山方向に、金川大橋を右折して県道53号線に入る。赤磐市、和気市方面。
 金川大橋を渡り、T字路を左折して、直進して赤磐市、和気市方面を目指す。
 約1.5kmほど直進すると、左手に里山農場の看板がみえます。
 シルバー色の鉄骨倉庫、焼板の平屋の家が目印です。
 動物愛護センター、伊田工業団地の看板が見えますと行き過ぎです。

※JRでお越しの場合
 岡山駅から津山線に乗り、金川駅で降車。乗車時間20分。
 金川駅から徒歩40分。タクシーで10分です。

里山農場の生い立ち

2001年7月   知り合いの方の紹介で、前の住まいの借家を紹介してもらう。
2001年11月   借家の契約ができ、岡山県御津町(現在岡山市北区御津)に引越す。
2001年12月   御津町役場、地元の農業委員の方のお世話で、約1.5ヘクタールの農地がまとまり有機農業をはじめる。屋号は山崎農場
2002年5月   売り先の当てもないのに、たくさんの野菜が取れはじめる。
地元の直売所、イベントなどに果敢に出店。
皆様の紹介でお客さんが増え始める。野菜セット初出荷。
2002年10月   約5反の田んぼから初のお米の収穫
20世帯のお客様に定期的にお野菜をお届けできるようになり
初年度の農業生産の売上、予想以上の170万円
しかし機械の購入、資材代などがかさみ、もちろん赤字。
2003年8月   約200羽の自然卵養鶏をはじめ、初の卵の収穫。
少しづつではあるが、お客さんも増え、2年目で少しの黒字。
2004年   自家製味噌など加工品も試してみる。
2005年   小麦から黒うどん、にんじんから人参ジュースを委託加工開始。
端境期の野菜の出荷をするため、ビニールハウスを建設。
2006年   堆肥舎を建設する。
あぜ草を食べてもらうため、ヤギを飼い始めるが、脱走を繰り返し
近所の野菜畑を荒らすことが、しばしば、あえなく断念。
農地3ヘクタール
2007年   400坪の農地を購入し、自らユンボ、測量をしながら、埋め立て作業、農地転用の手続きを行う。ビニールハウス2号を建設。
2008年   購入した土地に鉄骨倉庫、育苗ハウス、自宅を建設。
常時パートさんに来てもらうようになる。
屋号も山崎農場から里山農場に変更
養蜂も試みるが、2回の病院送りの後、あきらめる。
2009年   融資を受けて農家せんべいを焼き始める。
全国の農家さんからおせんべいの受託加工を行う。
自然卵養鶏から一時撤退。
2010年   知り合いの方から牛をレンタルして、放牧を始める。
農地も5.5ヘクタールまで拡大。
手作り水飴キットの販売開始。
委託加工でお酢も出来上がる。
2011年   草が多い時期は、おとなしい牛さんも、草が寂しくなる秋ごろから電気柵を乗り越えて、大脱走。現在休止中。ヤギさんに続き、家畜は現在トラウマ中。農地は6ヘクタールまで拡大。
農業の6次産業化のはしりでした、おせんべいの加工事業も撤退。
餅は餅屋に任せる。里山農場は、生産に特化することを決意しました。
2013年   3泊8日の強行日程で、12年ぶりのアフリカの大地に降り立つ。自分の実力のなさを再認識、里山農場で出直しする。
新堆肥舎が完成し、良質堆肥の安定供給の目途が立つ。
出荷管理、生産情報共有で、農作業のIT化が加速。
2014年   条件の悪い耕作放棄地に、数年後の梅の生産を夢見て、梅の苗木を77本植え付け。もうこの村と心中するかも。集落の農地40% 約7ヘクタールを管理。細かい水管理ができるように、各畑に10本の井戸を掘る。
2015年   家族のあるスタッフさんを2人雇用することになり、ブラックを通り越した勤務形態にメスをいれはじめる。自分も体調不良、事故が重なり、働き方を見つめ直す。

 

早いもので、農場を立ち上げて14年、自分の興味がおもむくままに、走り続けてきました。

あまりに突っ走りすぎて大やけどを負い、正直もう農業を辞めようと思うほどつらい時期もありました。そんなほろ苦い時期がありましたが、スタッフさんも来てくださるようになり、バイオガスシステムをつくろうと思っていた場所が、駐車場になりました。まだまだやんちゃぶりは、残しながら次の展開を探っていきます。今後ともよろしくお願いいたします。


里山農場のめざす将来像

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自然豊かな田舎で、家族とともに、農業をしたい。
そんなあこがれのような気持ちではじめました。
待望の子供が生まれましたが、理想と現実は異なり、
子供を泣かせながら、配達の準備など、
皆さんが想像している環境ではありませんでした。
本当にこれでいいのか自問自答していました。

それでも、自分たちのような生活にあこがれる
多くの若く、情熱のある方々が我家に来られました。
夫婦2人で農業で生活する事は、非常に困難で、
決して人に薦められるものではありません。

農業に携わる若い人は、もっと必要。
そして農業をしたい若い人がいる。
しかし、できない。
なんとかしたい。
もちろん経済的にゆとりのある生活を目指すことは、
最重要だが、それと同じくらい大切な事もある。

自分の仕事を子供たちに見せてあげること。
自分たちが育てた農産物、そして調理した食べ物を、皆で楽しく食べる事。
自然のなかで、子育てすること。
自然の中で、仕事をすること。
夫婦が同じ環境で働き、共に成長できる事。
安心して、子供を預けられ、好きな仕事に没頭できる事。

子供を育てている時は、本当に親が育てられている感じがしました。
せっかくの素晴らしい機会と期間を、楽しめるように。
里山農場で、なにかできないか?
自分たちの今までの反省と、こうだったらよかったのに、
そんな希望も含めて、このようなビジョンを描きました。

皆さんに安心して、おいしい食べ物をお届けする事と同じくらい
これからの、里山農場の築きあげたいことです。

まだまだ、夢のようなビジョンですが、皆様の御助言、御協力よろしくおねがいします。
一緒にこのビジョンを築き上げたいという方のご連絡をお待ちしています。


里山農場
代表 山崎 勝久


里山農場代表の略歴

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1972年  
倉敷市の鉄工所の長男として生まれる。実家の家業を継ぐことを、命題とされ、幼少の頃から家業を手伝う。小学生から始めたパソコンにはまる。そのころから、重度な偏頭痛に悩まされる。
陸上、水泳、バドミントンなど、頭よりは体を動かすのが好きだったが、
慢性的な腰痛と、たびたび股関節をいため、選手生活断念。
      
1991年  
偏頭痛を抱えつつ受験勉強し、なんとか秋田大学鉱山学部に入学。本当に自分がしたい事は何かを、見つけるために、アルバイトは20種類以上こなす。そして、アルバイト代をためて、アメリカ、オーストラリア、東南アジアへ、さらに自分を見つける旅に。
      
1995年  
大学を1年間休学し、アフリカのマサイ族の村で、貯水池、図書館建設を行う。3度のマラリア疾患、睡眠薬を飲まされ昏睡状態になったり、強盗にあいつつも大自然の中での仕事が、自分に一番合っている事を認識する。アフリカ滞在中は偏頭痛がなくなる。一方工学的視点での農村開発の限界を感じる。

1997年  
帰国後、修士論文作成、就職活動をしながら、再び偏頭痛が。あまりの酷さに精神安定剤を処方してもらいながら生活するが、ますます体調悪化。このままでは、ほんとうにまずいと思い、内定していた会社を辞退し、卒業後、埼玉県の農家で1年間住み込み研修。金子美登さんとの出会い。

1998年  
アジア、アフリカの農村指導者養成専門学校 アジア学院にて、野菜、米の教務、農場担当者として、有機農業の実践を深める。

2000年 寿退社と同時に、再びアフリカへ。モザンビークでJICAの専門家として農村開発のコンサルタントをおこなう。

2001年  
借家がみつかり山崎農場として、1.5ヘクタールの農地で有機農業を始める。多品種の野菜、お米、加工品、自然養鶏卵の宅配を始める。長女、長男が生まれ、着実に前に進む。

2007年  同地区に住居、倉庫を新築し、耕作面積も拡大。

2008年  おせんべい事業開始(2010年に休止)山崎農場から里山農場に屋号も改名。

2010年  手づくりシリーズ第一弾。手づくり水飴セットの販売開始。

 

2013年 それぞれの畑に自力で井戸を掘りはじめ、夏場の日照りの時期でも、野菜の品質が保てるようになる。

     (2015年現在15箇所の井戸掘りを行う)

     地元の未利用資源を有効に利用できるように、多額の投資を行い、年間500トンの生産能力を備えた

            堆肥舎を建設。安心して利用できる堆肥が得られるようになる。    

 

2014年 いのしし等の獣害に悩まされ続けてきた2400坪の農地に、77本の梅を新植。

     2017年からの梅の出荷を目指す。

    



 

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2015年現在、250世帯の消費者の方々に支えていただきながら、7ヘクタールの農地にて全面積、全作物、農薬と化学肥料を使用せず、年間60種類の野菜、米、麦などの栽培を行う。
妻、12歳、10歳、7歳の仲良し5人家族。幸せな成功を目指しつつ、循環農場を経営。

真夏のある日のスケジュール

皆さんから農家さんは、どんな1日を過ごしているんですかと
よく聞かれます。もちろん日により異なりますが、
5月のある1日を綴ってみました。

起床5時前後  
目覚ましを使わないで、目が覚めたら起きますが、
時に早朝スタッフさんの車の音でドキッと目を覚ます事も。
まずメール、スケジュールの確認作業

5時30分から
農作業 収穫作業 
時期によっては外が薄暗い時から、畑に出かけます。澄んだ空気、朝焼けには、癒されます。

10時頃から
やっと朝ごはん。朝飯前の仕事が結構はかどります。

11時30分から15時まで
事務作業、お昼ご飯(朝ごはんが遅い時は食べず、2食の日もあります)、

ちょっとだけお昼ねすることもあります。
暑い時間は出来るだけ、外で作業しないようにしています。
無理して作業しても、体に負担がかかるので。

15時から19時まで
まだ暑い日は、日陰の仕事を選びながら農作業。
休憩を取りながら、日が暮れるまで。

昔は真っ暗になってもライトをつけながら農作業していましたが、

最近は、子供たちとサッカーをしたりしています。


夕食後、パソコンでの事務作業、明日の予定などを組み立てて、

お気に入りの読書タイム。

22時ごろには就寝します。


こんな1日です。みなさんどんな感想をもたれましたか。
大変だと思う人と、羨ましいと思う人、人それぞれだと思いますが、
自分の場合には、事務作業と肉体作業のこれぐらいのバランスが
ちょうど良いです。



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